2009年11月アーカイブ

長野県中野市のリンゴ農家吉家一雄さんが、中まで赤いリンゴを作り出した。
観賞用や加工用ではなく生食用で、国内初とみられる。

このリンゴは、外皮が黄色く果肉に赤みのある米国産加工用リンゴ「ピンクパール」と、
中野市で生まれた「秋映」を交配させたもの。
控えめな甘さとほどよい酸味があり、かつて主流だったリンゴの味を思わせる。

吉家さんは長野県農業大学校で果樹の栽培技術や交配を学んだ後、
24歳で実家のリンゴ農家を継いだ。
「当たり前のリンゴではおもしろくない」と、中まで赤いリンゴ作りを思い立ち、
商品用の栽培には条件の悪い場所で実験的栽培に取り組んできた。

1994年頃、ピンクパールと秋映を交配して育てた苗を接ぎ木し、
99年頃には、その株が初めて実をつけた。「酸味は多かったが、色は狙った通り」。
その後、突然変異が起こらず、安定して中まで赤い実がとれるかを確かめている。

今はまだ一株しかなく、収穫量は年300個程度なので、知人らに配っている。
今後、「物珍しさだけでなく、もう一度食べてみようと思う味」にするため、
この株と「ふじ」や「紅玉」を掛け合わせるなどし、品種登録を目指すという。

このリンゴに名前はまだない。小学1年の一人娘からは、
地区名の厚貝にちなんで「あっかい」にすればいいと言われているという。

長野県果樹試験場によると、果肉が赤いリンゴは、国内で一般には流通していない。
海外には観賞用や加工用のものがあり、
国内でも青森県に「御所川原」「黒石1号」「黒石2号」「紅の夢」の4種あるが、
いずれもジュースなどの加工用だ。

女性や子供でも簡単に組み立てられる簡易型の仮設住宅「QS72」が発売された。
地震などの災害が発生した際、被災地に仮設住宅が建設されるまでの間の利用を想定している。
価格は1ユニット9万7650円。

「QS72」には、災害発生後72時間以内に、すぐに(Quick)できる空間(Space)という意味が込められている。
実際、大人や子供が2?3人いれば30分程度で組み立てることができる。
工具なども不要な上、女性や子供の力でも作業ができるのが特長だ。

プラスチックボードの部品9点を、折り紙のように折り曲げたりネジで止めるなどして組み立てる仕組みで、
プラスチックボードは段ボールのように、内部に空気を含んだ構造をしている。
これにより、軽量、遮音、断熱などの効果が得られ、折り曲げにも強くなている。
また、屋根や壁面を「くの字」に折り曲げることで強度を高めており、
上部からの荷重180キロに耐えるという。

室内の広さは、2.85平方メートル(1.5畳相当)で天井高は178?205センチ。
ユニットをつなげて壁を取り払うことで、空間を広げることも可能だ。

GMが返済開始

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経営再建中のゼネラル・モーターズ(GM)が7?9月期決算を発表。
最終損益は11億5100万ドルの赤字で、前年同期の25億5200万ドルの赤字からは改善。
米国、カナダ両政府による資金支援の返済を始め、
12月にまず計約12億ドルを返す方針を明らかにした。

決算は再建手続き完了後の7月10日から9月末まで。
売上高は263億5200万ドルで前年同期から約30%縮小した。
中核の北米市場の損益は6億5100万ドルの赤字。国際事業は2億3800万ドルの黒字だった。
米市場シェアは19・5%で前期の24・3%から大幅に縮小したが、
世界シェアは、中国など新興国市場の好調を受け、前期から横ばいの11・9%を維持した。

一方、7?9月期に33億ドルの現金流入があり、
約69億ドルが流出した前年同期と比べ資金繰りは大幅に改善した。
従業員の縮小などで経費削減が進んだためだ。

これを受け、GMは経営危機に陥った昨年末以来受けた67億ドルの緊急融資の返済を開始することにした。 
ヘンダーソン最高経営責任者は、決算の結果について「新生GMが築いてきた強固な基盤の証左」としている。

「事業仕分け」は、これまで自治体を中心に計60回実施され、無駄削減に効果を上げてきた。
しかし、仕分けを経験した自治体関係者からは、大規模な国の事業に適用することに懐疑的な声も上がっている。

2005年度から4年連続で事業仕分けを実施した滋賀県高島市。
対象となった計282事業のうち19事業が不要とされたが、廃止は3事業だけだった。
削減額も初年度は20億円以上に及んだが、2006年度は約1億円止まり。
2007年度は逆に仕分け前より事業費が上回る結果となった。

同市では、地域の実情を知らない仕分け人の決定に、職員だけでなく市民からも疑問の声が上がり、
2007年度からは仕分け人を市民に限定。
今年は事業仕分けをいったん中断し、過去4年間の検証を行っている。

2002年に実施した岩手県の担当者も、
「関東の暖かい地域から来た仕分け人が、積雪対策の事業を安易に無駄と仕分けたりして、違和感があった」
と話す。

一方、2006年から毎年実施している岡山市は、1事業につき他の自治体の4倍の約2時間かけて審議。
同市担当者は「30分や1時間程度では結論はつけられない」と説明する。

2005年に実施した千葉県の担当者は、
「市町村と違い国は事業廃止の影響が大きい。政治家が判断したほうがいい」
と話した。

奈良県桜井市の纒向遺跡での大型建物跡の発見は、
邪馬台国論争にほのかなゴールをかいま見せる成果となった。
纒向遺跡ではこの20年間、箸墓古墳など最古級の前方後円墳の調査を精力的に進めてきた。
かつては4世紀の築造といわれたが、年輪年代測定法の成果などによって、
3世紀の邪馬台国時代にさかのぼる可能性が高まった。

邪馬台国論争の歴史は古く、新井白石が大和説ののちに九州説を提唱し、
国学者の本居宣長も九州説を打ち出すなど本格化。
現在は、考古学的なアプローチが中心となっている。

所在地論争の最大の決め手は卑弥呼が中国・魏から授かった金印の出土とされるが、
丹念な調査が邪馬台国の実像をあぶり出しつつある。

畿内説を提唱する白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館長は、
「だんだん決着に近づいてきた」と強調、
「『九州説は無理だろう』という考古学研究者が大半を占めるようになった」と指摘し、
「全容解明へ文化庁や県が調査に乗り出すなど態勢づくりが必要だ」と話した。

魏志倭人伝の解釈や発掘調査、科学力を駆使した研究の積み重ねによって、
古代史最大の謎が解き明かされつつある。

ベルリンの壁が崩壊してから20年を迎えた9日、さまざまな記念行事が行われた。
ドイツ政府主催の記念式典では、メルケル独首相のほか、米英仏とロシアの首脳、
ゴルバチョフ元ソ連大統領やワレサ元ポーランド大統領が市民らと壁崩壊を改めて祝った。

この日はまず、旧東独育ちのメルケル首相がゴルバチョフ、ワレサ両氏とともに、
最初に検問所が開放された東西ベルリン境界の橋を訪問。
この後、ブランデンブルク門前広場で約1万5千人が参加する政府主催の式典が開催された。

メルケル首相は当時、東ベルリン科学アカデミーで物理学者として勤務。
壁崩壊4日後の1989年11月13日、講義のためポーランド行きの列車に乗っていた。
友人に「次にベルリンで会うときには、東西ドイツは一つになっている」と言われて驚いた。
そんなにも早くドイツ再統一が果たされるとはメルケル首相も同僚も信じていなかったという。

メルケル首相は英紙フィナンシャル・タイムズに、
「ポーランドの結束が大きな推進力となった」と語り、
自主管理労組「連帯」が東欧の民主化に向けて果たした役割を称賛。
また、オーストリアとの国境を開き、多数の旧東独市民を西側に脱出させる機会を作ったハンガリーについても、
「その貢献は決定的な意味を持った」と強調した。
ルーマニアについても「劇的な大衆運動が展開された」などと述懐した。

冷戦終結に道を開いた84年のサッチャー元英首相とゴルバチョフ氏の初会談に同席したジェフリー・ハウ元英外相は、
「あの時誰一人として次に何が起きるかを予測することはできなかった。
米英仏ソの首脳より大衆が主要な役割を果たした。
ただ、私は東西ドイツが分断したままでは欧州の統合は不可能と考えていた」と振り返った。

85?89年まで駐ユーゴスラビア英国大使、95?2000年まで駐ロシア英国大使を務めたアンドリュー・ウッド氏は、
「壁崩壊後、旧ソ連の核兵器やコソボの問題などがあったが、最終的にはみんなが勝者になった。
東西ドイツが分断されたままだったら緊張関係が欧州に残り、極めて危険な状態になっていただろう」と話した。

2009年度『グッドデザイン大賞』の選出・表彰式が6日に都内で行われ、
岩見沢市のJR岩見沢駅の駅舎および複合施設『岩見沢複合駅舎』が選出された。

選考会ではノミネート企業15社がプレゼンテーションを行い、審査員らが第1回投票を実施。
その後、上位5位の候補作を対象に行われた2回目投票では、
2位につけたTOTOの公共トイレを108票上回っての受賞となった。

1回目投票で得票数が多かったのは、大賞受賞デザインのほか、
公共トイレ『レストルーム アイテム01』(TOTO)、
ミニノート型パソコン『N310』(サムスン電子)、
地上・BS・110度CSデジタルハイビジョン液晶テレビ『〈ブラビア〉 ZX1シリーズ』(ソニー)、
『GREEN TOKYO ガンダムプロジェクト』(GREEN TOKYO ガンダムプロジェクト実行委員会)。

2回目投票では全911票のうち600以上が、
公共トイレ(266票)と岩見沢複合駅舎(374票)に入るという展開になった。

また、表彰式では大賞・金賞のほか、
長年愛されているデザインを表彰する「ロングライフデザイン賞」、
地球環境問題を考慮したデザインに贈る「サステナブルデザイン賞」など、
特別賞の授賞式も行われた。

国立感染症研究所が全国約5000医療機関を対象に行っている定点調査で、
最新の1週間(10月26日?11月1日)に新たに受診したインフルエンザ患者が、
1医療機関当たり約33人(速報値)となったことが5日、分かった。

ほとんどが新型インフルエンザとみられ、
全国平均が警報レベルの30人を超えたのは新型の流行後では初めて。
厚生労働省が6日に発表する。

前週(10月19?25日)の24・62人からは約1・3倍。
都道府県別でも、すべての都道府県で初めて注意報レベルの10人を超え、
21道府県で警報レベルの30人を超えた。
これまで、大都市部を中心に感染が広がっていたが、全国で流行が本格化している。

今年4月の道交法改正で導入が決まった高齢運転者らの専用駐車区間について、
制度の概要が固まった。

対象には、70歳以上の高齢者と障害のある人のほか、妊婦も含まれる。
この制度は、電車の優先席に近いものだが、
対象ではない人が駐車した場合は、通常の反則金に2,000円が上乗せされる。

病院やスーパーなどが敷地内に専用駐車スペースを設ける例は多いが、
道路上に専用区間ができるのは初めて。
来年4月半ばごろから各地に登場する予定で、
警察庁は6日から来月5日まで一般から意見を募る。

専用駐車区間は、高齢者らが駐車場所を探しながら運転する苦労や危険を減らし、
事故を防ぐのが目的で、官公庁や病院、福祉施設、
公園の出入り口のすぐ近くなどに設置される見通しで、各都道府県警が選定する。

宇治橋が竣工

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伊勢神宮内宮を流れる五十鈴川に架かる宇治橋が11月3日新しく完成した。

これに伴い、宇治橋の竣工と橋の安全を祈念する「宇治橋渡始式」が、
同日10時から伊勢神宮内宮前にて執り行われた。
橋の安全を祈願するお札「万度麻」を橋の北側2本目の柱に納め、
擬宝珠をかぶせると正式に宇治橋が完成した。

地元伊勢市内から選ばれた渡女を先頭にその夫や子、
孫・三夫婦が堂々とヒノキ香り、美しく孤を描く木造純和橋を渡った。
その後を橋の工事に携わった技監、技師、橋工が、続いて大宮司、小宮司ほか神宮関係者、
そして全国の供奉三夫婦58組348人が新橋を緊張しながら渡った。

11時40分ごろには一般参拝者が一斉に新橋を渡り、橋板のヒノキが人垣で見えなくなり、
人の重みで宇治橋の組板が一気に引き締まった。

13時から神宮舞楽が特設舞台で、
16時からは「国民総参宮」、
17時30分から東儀秀樹さん、皇學館大学雅楽部、彩乃かなみさん、Shikinamiさんによる奉納コンサート、
20時からちょうちん行列が行われた。

「日経トレンディ」が選出した「2009年ヒット商品ベスト30」が2日発表され、
トヨタとホンダのハイブリット車「プリウス&インサイト」が1位になった。
2位はアルコール0.00%を実現したキリンのビールテイスト飲料「キリン フリー」、
3位はスクウェア・エニックスのニンテンドーDS用ソフト「ドラゴンクエスト9」だった。 

1位の「プリウス」は、月間18万台を販売して09年上半期の販売台数で総合1位となり、
「インサイト」は4月にHV初となる新車販売台数首位となったことを評価した。
2位の「キリン フリー」は当初目標5.5倍の350万ケースを販売したと説明。
3位の「ドラゴンクエスト9」は、「すれちがい通信」が人気となり、長時間遊ぶユーザーが続出するなどした。

2009年ヒット商品ランキングベスト30
(1)プリウス&インサイト
(2)キリン フリー
(3)ドラゴンクエスト9
(4)抗インフルエンザグッズ
(5)国宝 阿修羅展
(6)ドット入り罫線ノート
(7)ウーノ フォグバー
(8)ポメラ
(9)蒸気レスIH
(10)990円ジーンズ
(11)フィッツ
(12)ルクエ
(13)ランコム オシュィラシオン
(14)iPhone 3GS
(15)OLYMPUS PEN
(16)超字幕シリーズ
(17)sweet&ブランドムック
(18)まきばの空
(19)い・ろ・は・す
(20)ピアンタFV200
(21)ブローネ泡カラー
(22)オバマ演説本
(23)ふんわり食パン
(24)1000円高速
(25)1Q84
(26)ハイボール
(27)FOREVER21
(28)リアップX5
(29)エコポイントテレビ
(30)ウォン安韓国旅行

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