11月26日の「昔のカレンダー」は、「タンザニア独立日」です。
タンザニアはアフリカ東岸にある国で、大陸部のタンガニカと島部のザンジバルとの連合国です。
ここでいう「タンザニア独立」というのはタンガニカが1961年12月9日に独立したのを記念するものです。
ザンジバルの独立は1963年12月10日です。
両者は1964年4月26日に合併しましたが、現在でも両者は政治的にはほとんど別の国のようなものです。
一応ザンジバルからタンザニアの国会に代表を5名送り込んではいますが、
ザンジバルはザンジバルで共産主義の自治政府の統治下にあります。
歴史の舞台に登場したのはザンジバルの方が早く、
8世紀頃にアフリカ東岸の島々をアラブの商人たちが貿易の中継基地として開発しました。
やがてアラビアのオマーンのスルタンが、
この地域(ザンジバル島・ペンバ島、マフィア島、ラム島)を支配下に置き、
ザンジバルの特産品であるクローブ(丁子)や奴隷貿易を始めます。
一方、タンガニカにはドイツが19世紀末から入植を始めました。
当時、この地域の西端には全長3000kmにも及ぶ巨大な細い湖(ウニアメシ湖)があると、
ヨーロッパでは信じられていましたが、現地の人たちに話を聞く内にそれは、
実は3つの湖に別れているということが分かります。
これは北からビクトリア湖・タンガニカ湖・マラウィ湖(ニヤサ湖)の3つでした。
この3つはアフリカの三大湖でもあります。
中でもビクトリア湖は面積が69,490km2あり、九州の1.5倍くらいの広さです。
ザンジバルは、1960年代後半からは社会主義的な政策で、
国家主導による強引な近代化を進めていきました。
しかし、1970年代のオイルショックはこの国の経済にも深刻な打撃を与え、
1980年代になると国有化政策は見直されることとなり、
1980年代後半になると農地の私有化なども認められ、
自由主義経済の導入が進みつつあります。
近年ではルワンダ・ブルンジで相次いで内戦が起きて大量の難民がタンザニア国内に流入。
政府はこの対策にかなり頭を痛めたようですが、国連の仲介などにより、
何とか難民の帰国にこぎつけています。
ザンジバルの方では、非民主的な自治政府の下で対抗する勢力との間で、
政治的な混乱が続いており、2000年には難民が発生してタンガニカに大量に人々が
逃げ込むような騒ぎまで起きています。
日本の外務省では、ルワンダ・ブルンジとの国境付近やザンジバルへの渡航には、
充分な検討をするよう注意を呼びかけています。
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