cs123580007: 2011年4月アーカイブ

久々の更新です。
4月5日の「昔のカレンダー」は、「小笠原返還」です。

昭和43年4月5日、日米間で小笠原返還協定の調印が行われました。
これにより、戦後アメリカに占領されていた小笠原諸島が22年ぶりに日本に返還されることになりました。
※実際の返還は、同年の6月26日です。

昭和39年、首相に就任した佐藤栄作は、アメリカとの友好関係を強める施策を進めていましたが、
国内には小笠原や沖縄の返還に対する強い運動が起きていました。
こうした中で佐藤は、アメリカに対して「軍事的に利用するのは構わないから、
小笠原や沖縄を返して欲しい。また、返してくれた方がアメリカにとっても良いのではないか」と
巧みにアメリカを説得。そして、昭和42年のジョンソン・佐藤会談で合意に達し、
翌43年に小笠原、首相任期終了直前の昭和47年に沖縄が返還されました。

戦時中、日本は小笠原の住民に本土に避難するよう要請。昭和19年に強制疎開となっていました。
後のブッシュ大統領(父の方)は、この時の小笠原攻防戦に参加して、
対空砲火で撃墜される経験をしています。

終戦後、GHQは欧米系の島民にだけに帰島を許可し、
ずっとアメリカ軍の基地として小笠原を使用してきました。
返還後は、日本系の住民が20年ぶりに帰島。
その後、さらに小笠原に興味を持った人たちが移住してきて、さまざまな文化交流が生まれ、
現在、沖縄とは別の意味での「文化のクロスロード」となっています。

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